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大銀行がスタートアップ感覚で銀行アプリを作ったら -米国事例ー

「銀行の三大業務」といえば、預金・為替(送金)・融資。社会にとって大事なインフラ機能ですが、こういう「堅い」機能は、消費者の日常生活からはちょっと距離があるとも言えます。そんな中、消費者の日常にぴったり寄り添うことを目指した新感覚の口座サービスが米国で相次いで登場します。しかも、伝統的な大銀行が、スタートアップ的な感覚で開発に取り組んでいるというところも面白いです。

今回紹介するのは、JPMorgan Chase銀行の「Finn」とWells Fargo銀行の「Greenhouse」です。

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スタートアップ感覚の銀行アプリ

今回紹介する「Finn」と「Greenhouse」とは、「モバイルオンリーの銀行口座サービス」。銀行店舗にそもそも来店しようと思わないような、モバイルファーストのミレニアル世代(2000年以降に成人した層)をメインのターゲットにしています。Fintech革命が進行する中、店舗網の意義が問われています。「Finn」も「Greenhouse」も、完全に店舗非依存なかたちで提供する新たなバンキングサービスのブランド名なのです。

そして両者に共通するもう一つの大きな特徴は、スタートアップ企業でよく用いられているアジャイル的、リーンスタートアップ的な手法でアプリ開発されていることです。事前にきっちり詳細に定義した機能を、1年またはそれ以上かけてしっかり開発していくのが従来のやり方でしたが、今回は違います。

  • 対象となるユーザの行動の分析にしっかり時間をかけて、従来の銀行サービスでカバーできていないニーズの把握に努めた
  • ユーザの日常生活で生じている課題に対してフィットするアプリ機能を搭載した
  • 開発したアプリを特定地域などで試験的にリリースし、ユーザの反応を見ながらブラッシュアップしていき、全国展開に持っていった
  • 全国展開後も「まだ完成版ではない」ことを明確にし、継続的な改善を前提に運営する手法をとった

といった点が特にアジャイル的、リーンスタートアップ的な部分です。スタートアップ企業には一般的なやり方ですが、大企業とくに金融業界からの事例はまだ多くありません。生活者の行動導線にフィットした金融サービスを目指すFintechでは特に不可欠な手法ですので、それが大手金融機関にも広がってきたことは、Fintechがいよいよ当たり前になってきたことを印象付けます。

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Chase銀行の「Finn」

2017年10月からミズーリ州セントルイス市で試行されてきた「Finn」は、2018年6月から全国で提供開始されました。店舗に依存しない完全モバイルオンリーの銀行サービスのチャネルとして放つバンキングアプリです。Checking口座とSavings口座という標準的なサービスにデビットカードも付いて、口座維持手数料は無料。ATM利用なども無料だったり、小切手入金はスマホで撮影した写真で可能だったりと、利便性を高めています。

報道によると、セントルイス試行からChaseが得た知見には、以下の3つが大きかったとのことです。

第一に、自動貯金機能はユーザへの大きな訴求点となりうること。お金をしっかり預かってくれている銀行ですが、そのお金をどうするかについては完全にユーザ自身の操作に任せているのがいままでの銀行でした。「Finn」では自動貯金へのユーザのニーズに応えて、

  • 給与入金時に一定のパーセンテージを自動貯金する
  • スタバなどよく行く店で決済したときに設定内容に従って自動貯金 する

といった自動貯金機能を搭載しています。

第二に、よく知られたChase銀行の看板があるからこそ、アプリオンリーのブランドである「Finn」を信頼してダウンロード&インストールしてくれるユーザがいる、という点。Fintechでスタートアップが数多く生れていますが、多くのユーザにサービス提供するうえで、「銀行の看板」が持つ重要性をChaseは再認識した、ということでしょう。

第三に、24時間のカスタマーサポートがあれば、 実店舗機能のほとんどを代替可能、つまり 店舗は本質的に不要化できるという点。無論、これはスマホアプリで満足する層についての話ではありますが、今後の銀行サービスを考えるうえでは重要な知見と言えるでしょう。

「Finn」の概要は以下のサイトの動画を見るとよくわかります。

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PFM的な要素を前面に押し出しており、「お金の管理ができるバンキングアプリ」という感覚です。

お金を使うたびに、「その取引に対してどう感じたか」を、ニッコリ・無表情・イヤな顔の3つのアイコンから選択してもらうことで、ユーザが自分自身のお金の使い方を評価することができる、など面白い要素が盛り込まれています。

「Finn」はプロモーションもネットONLYとのことですが、インストールして一定期間中に10件以上のトランザクションすることなどの条件を満たしたユーザには100ドルをキャッシュバックするというプロモーションも行っています。

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Wells Fargoの「Greenhouse」

「Greenhouse」はまだ試行フェーズにあり、全国展開は2018年後半からの予定です。こちらも、一部のユーザに限定公開して試行を行ってきたのですが、それによって

  • カレンダーアプリやメモ帳アプリなどを駆使して請求支払期日管理などを行っている
  • 生活資金を複数の銀行口座やプリペイド口座に分別管理しておくことで、分野別の支出を管理している

といった若年アンダーバンクト層の行動の特徴がわかったそうです。後者などは、日本でもよく言われる「支出の分野毎にお金を別々の封筒で管理」という手法と同じ考え方ですね。消費者のほうではこのように様々な手法を使って日常の金融生活を維持しているのですが、それを助けるような銀行サービスを行ってきていなかったことに気づいた、ということでしょう。

そこで「Greenhouse」では、週間予算やデビットカードを紐づけることができる口座と、貯蓄や請求支払のための口座の2口座をアプリで管理することができます。そして自分の支出行動の傾向分析を通して、よりよい金融生活が送れるようなアドバイスを行うAIなどを搭載している模様です。

参考情報

Predictive Banking 予測的バンキング

ところで、今回紹介したモバイルオンリー型銀行口座に共通しているのは、「ユーザーの金融行動改善のための分析やアドバイス」という機能です。口座利用の現状把握の色が強いPFMに対して、行動改善アドバイスを行うこのような機能を最近は「Predictive Banking(予測的バンキング)」とも呼ぶようです。

お金をしっかり管理するというのが銀行口座の基本機能ですが、それだけでは「単なるお金の置き場」に過ぎません。口座のお金をもっとうまく使えるように支援するPredictive Bankingを通して、消費者の日常に寄り添っていくような銀行口座サービスが、今後普及していくように思います。