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カード決済

VisaNet上の仮想決済ネットワークChaseNet

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大手イシュアが国際ブランドからネットワークを「間借り」して独自の決済サービスを展開する。空想ではなく、米国のVisaとJPMorgan Chase銀行(以下、Chase)が展開している事業のことです。といっても、その決済サービスは加盟店向けなので消費者には見えません。今回は、このサービス「ChaseNet」について紹介します。

Rost-9/Bigstock.com

米国最大のイシュア

Visa/MasterCardブランドのクレジットカードの米国最大のイシュアであるChase。2016年の発行枚数は9000万枚以上、ショッピングの取扱高は約6000億ドルという超大手です。

ところで、同社クレジットカードのうち、Visaブランドのものは約97%。ほとんどVisa専門イシュアといってもいいでしょう。MasterCardはたったの3%です。

しかし、ChaseはずっとVisa一辺倒だったわけではありません。つい最近の2013年時点ではカード発行枚数約8900万枚で、そのうちVisaが80%、MasterCardが20%ありました。Visaの比重が高かったのは確かですが、「Visa一辺倒」というほどではありませんでした。

それが2016年までに、ChaseのVisaカードは約1800万枚増えると同時に、MasterCardのほうは約1500万枚減少しています。大手イシュアからの発行を大幅に増やしたVisaと、大手イシュアを完全に失ったMasterCardという構図が見えてきます。

これはいったいどうしたことでしょうか?実はこれは、VisaとChaseが2013年に締結した合意の効果なのです。

 

仮想決済ネットワークへの合意

その2013年の合意とは、以下のようなものでした。

  • ChaseはVisaから10年契約でライセンス提供を受け、VisaNet上に仮想ネットワーク「ChaseNet」を構築し運営する。(注:合意時点ではまだ「ChaseNet」という名称はありません。)
  • ChaseはVisaに定額のライセンス料を支払う。(つまり、トランザクション量に依存しない。)
  • Chaseはカード決済トランザクションをVisaに寄せる。

つまり、携帯電話業界での「MVNO」のような仕組みを構築することに、VisaとChaseは同意していたのです。

MVNOとは「仮想モバイル通信事業者」のこと。NTTドコモやKDDI、ソフトバンクといったような、自前の携帯通信ネットワークを運営している「モバイル通信事業者(MNO)」からネットワークを「間借り」し、自分のブランドで携帯通信サービスを提供する事業者です。MVNOの携帯端末からの通信は仮想的には(つまり名目上は)MVNOネットワークを通っていますが、物理的には(つまり実際には)契約先のMNOネットワークを通ります。というか、MVNOネットワークは実際には存在していないので、「仮想」という言葉が入っています。

MVNOに似た立場にあるのがChaseNetで、MNOにあたるのがVisaNetというように理解するとわかりやすいかもしれません。

ChaseNetの戦略的意義

それでは、このような合意には、両社にとってどんなメリットがあったのでしょうか?まずChaseのほうから見てみましょう。

カード業界と銀行業界が分かれている日本ですが、これは世界的にも特異な業界構造です。米国など諸外国のクレジットカードイシュアは銀行ですので、カード業界はつまり銀行業界でもあります。近年の低金利時代においては、カード事業で得られる収益の重要性が増しています。

しかし米国のカード決済事業も安泰ではありません。FinTechの興隆もそうですが、それ以前からもPayPalやSquareなどに代表されるような新規参入も活発で、競争は激化しています。低コスト化の圧力が強まっていますが、それは直接収益を圧迫するという厳しい状況です。

Chaseは米国最大のイシュアですが、最大手のアクワイヤラでもあります。その立ち位置を活かして決済コストを下げるための手がChaseNet。Chaseのカード会員がChaseの加盟店でカード決済をすると、全ての電文処理がChaseNetで完結することになります。間に入るプレイヤーが少なくなるため、徴収される手数料も下がり、それを加盟店に還元することで加盟店への訴求力が向上します。

ここまでくるとお気づきの読者もいるでしょう。これは日本ではごく普通に普及しているOnUs取引です。日本ではOnUs取引の比率が高いのですが、米国では基本的にOnUsは無く、全ての取引がVisaなど国際ブランドネットワークを通過していました。ChaseNetでも物理的にはその構造は変わっていませんが、仮想的に巨大なOnUsネットワークを、Visaのお墨付きで実現したのがその意義なのです。

実際に、ChaseNetは加盟店にはかなり魅力的なようで、マリオットインターナショナル(ホテル)、シェブロン(給油)、ウォルマート(小売)、ユナイテッド航空(旅客航空)、グルーポン(共同工購入クーポン)、PayPal(電子決済)などがChaseNetの加盟店となっています。

なお、消費者はChaseNetを意識することはありません。ChaeNet加盟店でChase以外のイシュアのVisaカードが使われたときには、アクワイヤラであるChaseからVisaNetを経由してイシュアに通信が行われます。ChaseカードでChaseNet以外のVisa加盟店で買い物したときも同様で、従来の通信経路で決済が行われます。

Chaseからすると、ChaseNet完結の決済を増やす強いインセンティブがあることになります。ChaseNetに関してVisaに支払う金額は固定なので、ChaseNet完結のトランザクションが増えれば増えるほどトランザクション当たりのコストが下がるからです。合意にも「ChaseはトランザクションをVisaに寄せる」とあるようですが、言われなくてもそのようにしたでしょう。ChaseNet完結を増やすには、加盟店開拓と両輪で、自社のVisaカード会員を増やすのが重要。なので、自社発行カードをどんどんMasterCardからVisaに切り替えていったというわけです。

この最後の点が、Visaにとっての戦略的意義となります。米国最大手イシュアであるChaseを抱え込んだことで、MasterCardのシェアを奪いとることに成功しています。ChaseNet完結のトランザクションについてはVisaNetの定額ライセンス料の内ですが、ChaseNet加盟店以外でのChaseのVisaカードによる決済は全てVisaの収益源となります。

ChaseNetの訴求力は加盟店手数料だけではありません。トランザクションがChaseNetで完結するため、独自の付加価値サービスを展開しやすくなっているのです。例えばChaseのロイヤリティポイントでの買い物や、1000ドル未満の買い物でのサインレス化などは消費者にもわかりやすい利便性。加盟店向けには、競争力のある値付けに加えて、シンプルでわかりやすい価格体系も好評とのことです。

Chaseは独自のモバイルウォレット「ChasePay」も展開していますが、ChasePayはChaseNetを活用したサービスでもあります。2017年3月には、かつてApple Payのライバルとなると見られていたあの「CurrentC」を、MCXから買収しています。CurrentC接続を準備していたMCXメンバー企業はChasePayとChaseNetの加盟店となる見込みです。(上で挙げたWalmartもMCXの主要メンバーです。)

 

戦略オプションとしての仮想ネットワーク

今回はVisaNetを用いたMVNO的サービスであるChaseNetを紹介しました。巨大な決済ネットワークを運営するVisaが、その権益を一部開放してOnUsネットワークの構築を許したという点で、決済業界関係者には興味深い事例です。AlipayやWeChat Payなどの、汎用インターネット回線を前提とする決済サービスに対抗していく上での、国際ブランドが持つ戦略オプションの一つとも言えるでしょう。

ところで、日本では既にOnUs取引の比重が大きいという現状ですが、VisaとChaseNetのような仕組みがあるわけではありません。

しかし、国際ブランドカード決済の外では、決済ブランドのネットワークを利用して別ブランドのサービスを運営している例はあります。株式会社エデンレッドジャパン(旧称バークレーヴァウチャーズ)の「チケットレストラン タッチ」です。これは福利厚生の一環として企業が従業員に渡す食事補助の電子マネーで、NTTドコモのiDネットワークの上に仮想的に構築されています。(iD加盟店が自動的にチケットレストランタッチ加盟店になることはなく、別途契約が必要です。)後払い決済であるiD上にあるプリペイドサービスという点からも興味深い事例です。

さらなる多様化に向けて進んでいる日本の決済シーンですが、仮想決済ネットワークもその多様化と決済市場拡大に貢献していくのでしょうか。

ChaseNetに関する参考情報:

「チケットレストラン タッチ」については以下:

(インフキュリオン シンクタンク事業部 森岡剛)

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