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米国の個人信用スコアリングの現状とFinTechの可能性

Michael Darcy Brown/Bigstock.com

日本の消費者にはあまりなじみの無い個人信用スコア。しかし米国ではまさに個人の社会生活を支えるインフラの一つとして機能しています。今回は主に米国事例を中心に、個人信用スコアに関する海外の動向を紹介します。

社会インフラとしての信用スコア

「信用スコアは融資の際に使うもの」と日本では思われがちです。しかし、信用スコア活用が発達した米国では、例えば企業による人員採用時に、バックグラウンドチェックの一環として信用スコアを参照することがあります。例えば米国ワシントン州の事例。企業による採用の公平性を向上させる目的で、応募者の信用スコアを参照することを禁じる制度を2007年に導入しました。今でも、州によっては、応募者の同意を得て信用スコアを採用判断の参考にすることは行われています。

ちなみに、採用時に信用スコアを使用しないことで、雇用市場の公平性は逆に低下してしまいました。これは経済学で言う「レモン市場」の事例でもあるのですが、本稿ではこれ以上触れません。信用スコアと雇用市場の関係については、The Economistの記事「Secrets and Agents」に説明があります。

米国で「信用スコア」と言えば、なんといってもFair Isaac Corporation(通称FICO)の「FICOスコア」。米国の貸付業者の90%以上が利用していると言われています。

FICOスコアは300から800までの数値で、大きいほど信用力が高いことを意味します。金融機関などによる与信審査時には、FICOスコアが与信可否だけでなく、与信枠や金利などの貸付条件を左右しますので、消費者にとっても自分のFICOスコアを上げることは重要な関心事。ネットでも「どうやってFICOスコアを上げるか」といった記事があふれています。

FICOスコアは、信用情報機関(credit reporting agencies)が提供するクレジットレポートを基に算出されます。FICOが利用しているのは、Experian、Equifax、TransUnionという大手3社によるクレジットレポート。そこには、与信実績、返済実績、与信枠に対する残債、もし債権が回収業者に売却されたならばその事実、」などの与信機関が提供する情報のほか、抵当の設定、破産、民事訴訟における裁判所の命令などの、個人に関して公開されている公的情報も含まれることがあります。また、住宅を賃貸している人は、賃料支払い状況が含まれることもあります。

FICOスコアはほとんどの貸付業者が与信審査で利用していますが、ほかにも

  • 住宅を貸す場合
  • 自動車保険や住宅保険を販売する場合
  • 会社が従業員を採用する場合(←冒頭で述べた例です)

にも利用するこが可能です。このような、信用スコアの利用目的の多様化に合わせて、FICOスコアのほうも、クレジットカード、住宅ローン、自動車ローンなど目的に応じて異なる方法で算出した様々なバリエーションが用意されています。

FICOスコアについては米国の政府機関であるConsumer Financial Protection Bureauがわかりやすい説明を公開しており、本稿もそれを参考にしています。

信用スコアを意識した生活

米国で社会人として金融サービスを活用していく上では、FICOスコアを良好に保つことが重要です。FICO自身もスコアリング手法に関する情報を公開しており、それに基づいた下記のようなアドバイスがネット上の記事などで見つかります:

  1. 支払い期限を守る。(当然ですね。)
  2. クレジットカードでは与信枠の利用率が30%を超えないようにする。(あまり利用率が高いと、信用スコアにネガティブに響く。)
  3. 古い口座は閉めずに、とっておく。(長く使っている口座のほうが、クレジットヒストリーにポジティブに働く。)

面白いのは、滞納などの理由で債権が回収業者に売却されてしまったときの対応。売却という事実はFICOスコアに加味されるのですが、その後の返済はFICOには考慮されないのです。なので、その場合の消費者へのアドバイスは「いったん回収業者に債権が売却されてしまったら、その返済は後回しにして、ほかの債務を優先して返済すること。」消費者としては、回収業者への支払いを優先させがちなのですが、FICOスコアを維持することを考えるとその行動はむしろ不利、ということが堂々と語られているのです。

「thin file」問題

米国の社会インフラといって過言ではないFICOスコア。しかしそれももちろん万能ではなく、限界もあります。その一つが「thin file」と呼ばれる層。これは、金融サービスを利用していないためにクレジットレポートが薄く(thin)、FICOスコアを算出できない人々のことを指しています。個人が自分の信用情報を確認できるサービスを提供しているCredit Karmaによると、同社の4000万人のユーザのうち1500万人がthin fileに該当しているとのこと。この層に属している人は、実際の信用力がどれほど高かろうとも、スコアベースの審査では落とされてしまうか、不利な条件での提案しか受けることができません。

それでは、どのような人々がthin fileなのでしょうか。まず挙げられるのは、2000年代以降に成人した、いわゆるミレニアル層。上で上げたCredit Karmaによると、同社が把握しているthin file層の年齢の中央値は27才。若年層が多く含まれていることがわかります。2008年のリーマンショック後の消費者心理の変化や新たな法制度は、クレジットカード保有と利用にネガティブな影響を与えましたが、特にそれは若年層で顕著なようです。

もう一つの限界は、FICOスコア算出の特徴にあります。上で述べたように、FICOスコアは返済実績を中心に見ていますが、個人のキャッシュフローは考慮していません。なので、新しいローンを組んで既存のローンの返済に充てる、という行動は信用力にネガティブに影響してもよいのですが、そうはならないのです。

FinTechの可能性

「この人を信用して、リソースを与えてもいいのか?」という問いは金融サービスの根源的な問い。その指標を与えるものが個人信用スコアリングです。米国では大きな発展を遂げ、社会を円滑に回すインフラともなっていますが、現状の手法には限界もあります。

その限界がむしろ、FinTech参入の機会を創り出す、とも言えます。実際に、SoFIEarnestといった企業は、個人の信用に対する独自の考え方でサービスを提供し、急成長を遂げています。そのような、個人信用スコアリングの新たな方向性については、別の記事で紹介しようと思います。

個人信用スコアリングに関する海外の動きについては、隔月刊誌「カードウェーブ」への筆者寄稿に詳しく書いています。そちらも参照ください。

  • 「Web時代の個人信用スコアリング 融資から『社会的信用』の数値化へ」、カードウェーブ2016年9・10月号
  • (仮題)「米国の個人信用スコアリングの動向 クレジットヒストリーではわからない低リスク顧客の識別の取組み」、カードウェーブ2016年11・12月号